HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第四十九回 「歩み寄るから家族になれる」

世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

歩み寄るから家族になれる

家族というものは不思議です。ついこの間まで他人同士だったのに、結婚を機に一生の縁ができ、互いの人生に関わり合うー。「ひらかな盛衰記」の逆櫓は、そんな家族のあり方も考えさせられる芝居です。 摂津国の船頭・権四郎は、娘およしに新しい婿・松右衛門を迎えます。およしには病死した前夫との間に出来た槌松という子供がいますが、一ヶ月前の旅行中、宿で別の子供と取り違えらえました。一家はその子を預かり、いつかは槌松が戻ってくると信じて、わが子同然に大切に育てています。 気が良く働き者の松右衛門は、「逆櫓」という船の操作術を習得し、源義経の船頭に抜擢されました。出世を喜ぶ一家のもとへ、入れ替わった子供を探して、お筆という女性が訪ねて来ます。 お筆は権四郎らに槌松の不慮の死を告げ、すぐに子供を返すよう頼みます。勝手な言い分にショックを受け、預かった子供も殺して返そうかと怒る権四郎。すると陰で聞いていた松右衛門の様子が変わります。実は彼は、義経の旧敵で戦死した木曽義仲の家臣であり、義経を討つ目的で正体を隠し、 戦いに必要な逆櫓の技を会得するため婿入りしたのでした。 槌松と取り違えられた子供は、偶然にも義仲の遺児・駒若で、お筆は義仲家の腰元でした。思いがけず身元が判明した若君を守るため、権四郎を一喝して正体を明かす松右衛門。一方で婿として一家に十分な愛情を持っており、駒若を返して自分に侍としての道理を全うさせてほしいと説得します。 可愛い孫の理不尽な死を嘆く権四郎ですが、義理の息子が侍だったのなら、自分も侍という事になるだろうと、必死に辛い心をなだめます。松右衛門も権四郎が自分を婿として受け入れてくれたおかげで、責務を果たせると感謝します。全く違う生き方をしてきた人間同士が家族となり、互いの価値観に歩み寄ろうと心をくだくー。相手の生き方に対する想像力が、人を理解するキモなのかも知れません。