HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第九十三回「資産運用より思い出づくり」

世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

資産運用より思い出づくり

お金では買う事の出来ない自分だけの大切な財産、それが「思い出」です。
舞踊「夕顔棚」の舞台は田舎の旧盆。老夫婦が夕涼みをしつつ、余生を楽しんでいる様子が描かれます。夕顔棚の下、風呂上がりに仲良く酒を酌み交わすところへ聞こえてきた盆踊りの囃子に、若い頃を思い出した二人が踊り出すという洒落た内容です。
作品のネタ元は「たのしみは夕顔棚の夕涼み
男はててら女(め)はふたのして」の和歌と、昔からの画題である半裸の男女の夕涼み。ててらは襦袢、ふたのは腰巻きの事で、夫婦の満ち足りた雰囲気が描写されています。
本作の老夫婦は、若い頃は踊り上手で知られていました。昔とった杵柄とばかりに、一杯機嫌で四、五十年前の馴れ初めのエピソードを踊り出します。女は十七、男は二十歳。今は好々爺になっているお爺さんも、昔は田舎に稀な優男。襟をはだけたお婆さんも、当時は髪を結い上げて踊りに行く初々しい娘さんでした。夫婦となってからは、野良仕事や機織りに精を出した日々を回想します。年を忘れて踊りながらも、滑らかに動けないのもご愛嬌。
終盤では、村の若い男女が二人を盆踊りに誘いに来ます。かっての二人を見るような若者たちの登場は、連綿と続く人の営みを思わせて、しみじみとした味わいがあります。
初演は昭和二十六年で、戦後の混乱が落ち着いた頃。今は穏やかに寄り添っている本作の老夫婦にも色々な苦労があったはず。時の流れに洗われて、思い出は褪せる事なく輝いています。