HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第九十二回「チャンスは不遇に宿る」

世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

チャンスは不遇に宿る

「このままで良いのかな?」という疑問が、状況を打破する事は、往々にしてありそうです。
「仮名手本忠臣蔵」の五段目には斧定九郎という浪人が登場します。史実の赤穂事件を元にした本作で、定九郎は元・塩冶家(史実の浅野家)の家臣。同様に浪人となっている早野勘平の恋人・お軽は、勘平の討ち入り資金確保のために遊郭に身売りを決意。お軽の父・与市兵衞は、その代金を受け取った帰り道に、盗賊に成り果てた定九郎に殺されてしまいます。
雨上がりの寂しい夜道。一休みしようと腰を下ろした父親の背後には何の変哲もない干した稲束。その間から突然、ヌッと手が出てきて財布を奪い取ります。
稲束と立木だけの簡素な背景。その暗闇の中に浮かび上がる白い手は強烈な印象です。稲束の陰から現れた定九郎は、白塗りの顔に黒の紋付きというニヒルな姿。与市兵衞にとどめを刺した後、おもむろに髪と着物の露を払って、奪った財布の中身を懐中で探り、たった一言「五十両…」とつぶやいてニンマリと笑います。
もともと定九郎の衣装は、原作の人形浄瑠璃と同様に、縞模様のどてらというモッサリした山賊風でした。それを江戸中期の歌舞伎役者・中村仲蔵がデザインと演出をクールに一新。一躍人気の役となり、門閥出身ではなかった仲蔵は大スターに。もともと才能があり、努力家の仲蔵でしたが、人気のない役をどうにか出来ないかと、当時のトップ俳優・五代目市川團十郎とも相談した結果、花形役者の演じる「いい役」に昇格したのです。以来、定九郎の役は今日までこの型で演じられています。